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IoTって?その発想と着眼点
「創発」がもたらす新たなものづくり

今やIT業界にとどまらず、一般のビジネスシーンでもひんぱんに耳にするようになったキーワードが「IoT(Internet of Things)」。「モノのインターネット」という名の通り、世の中に存在するさまざまなモノがインターネットにつながり、膨大な量・範囲のデータが収集・分析され、ビジネスや社会全般に大きな革新をもたらすと期待されている。これまでのハードウェア製造の技術だけでなく、ソフトウェア的な発想に基づく「コト」の価値提供、モノを活用したサービスの提供へ。それを実現するために、これまでの経営をどう変革すべきなのか。そこにはどのようなチャンスとリスクが待ち構えているのか。そして大阪らしい「ものづくりIoT」の姿とはどういうものかを語り合った。

ビジネスモデルを大きく変える可能性。

黒野 IoTを新しいトレンドと捉えている人は多いと思います。従来の「IT戦略」「ICT」との違いは何か? 捉え方として、効率化、省力化という概念に「価値創造のツール」という役割が加わったのかなという気がしています。まずはIoTに関しての考えや、自社の取り組みをお聞かせください。
小谷 興味はあるけれど、今は機が熟すのを待っているというか、どうすればいい形で絡めるか考えている段階です。IoTの要素として無線がありますが、無線も親局となるものには電源がある。ここに当社の「電力線にデータを載せる」という技術を使って、IoTに絡めたらいいなとは思います。
岡室 うちの製品は鉄なので、RFIDタグもうまく飛ばないんです。ですから自社製品が現場でどのように使われているかのデータが取れるセンシングと、それによって得られるビッグデータには関心があります。現状、製品の安全性を証明するのは金属の性能や実証結果です。ただ今後それを上回る予測データが出た場合、実績データでは勝負にならない。攻めるビジネスへの転換を考えると、データの重要性はすごく感じます。
小谷 ひとつの流れとして、端末が非常に高機能になってきている。私たちが使用するセンシングの端末も、32bitの中にLANやUSBが入って数百円で買える。あとは、クラウドと融合する仕組み、ですよね。
サファ IoTと前の時代の一番の違いは「availability(アベイラビリティ)」、可用性ですね。システムが継続して稼働できる能力。昔は大手しか導入できなかったのですが、今や企業のサイズは関係ない。センサー技術も簡単に手に入り、ネット環境はどこにでもありますから。
黒野 「アベイラビリティ」は今回のキーワードですね。センサーや無線モジュールの小型・低価格化により、今までつながっていなかった機器、モノすべてにおいて、ネットやクラウドなどへの接続環境が整備され、誰でも平等に利用できるチャンスがある。ところでIoTは多くの技術の複合体ですが、まずはクラウドの話から。こちらは地域を問わず、価格も安くなって運用しやすくなっています。
小谷 ケーブル&ワイヤレスのセンサーネットワークで集約した情報をクラウドに上げ、解析したものを戻すという方法論は、東京大学の坂村健教授が30年以上前から「TRON Project」で提唱されていたもの。これが実現する世の中になると、センシング技術が重要になってきます。たとえば社会インフラの老朽化、そういうジャンルにIoTが活かせるんじゃないでしょうか。橋もトンネルも基本は共通ですから、現状をクラウドに上げてスーパーコンピュータで解析して、データを共有すれば修復も簡単になります。
サファ 今はクラウドのサービスやインフラは整っていて運用費も安い。昔はサーバーもデータセンターでレンタルしなくてはならなかったが、今やサービスの形で提供されています。
黒野 ただ、そうやって用意されたプラットフォームで戦うには、大手企業のほうが優位になるのでは?
サファ お金をかけることよりスピード感が大事。今日決めたことを数日で改善できるような。組み込み基盤にしても導入後、ソフトを変えられるように準備をすることでスピーディーな変化に対応できます。テスラの電気自動車が、ファームウェアのアップデートで機能を追加できるようになりましたが、こういった思考や手法は基本的にどんなハードでも可能です。
岡室 スピードに関していうと我々の業界は「安全のためのもの」という製品の性質上、変わりにくいというか、変化のサイクルが遅い業界です。使う側からすると実績が優先され、顧客の安全基準にのらなければ採用されないからです。とはいえ他社がやる前に手を付けないと遅れるし。老舗であってもやったもの勝ちです(笑)。

付加価値をもたらすIoT、メリットとデメリット。

黒野 こうした世界が進展すると、アイデア次第で新規事業展開のチャンスであると同時に、IoTのメリットを生かせない企業は激しい市場競争の中で置いていかれる、ということでもある。ライバルと目していなかった企業が新しい製品・サービスを開発し、ある日突然、自社と同じ土俵に上がってくる、といったこともあり得るわけですね。
小谷 サファさんにお聞きしたいのですが、企業がIoTに着手する一番のメリットは何だとお考えですか。
サファ 価格競争に勝てるという可能性ですね。製品とソリューションをパッケージにして付加価値をつけることができますから。その際に自社製品のデータを分析して判断する独自のノウハウを、プログラミングしてソフトに落としこむ。ここで、うまく差別化を図れたら突出したユニークなパッケージができますよ。
黒野 すでにものづくりを手がけている企業は、そういった付加価値をつけることで、価格競争から抜け出す新しい道が開けるということですね。
サファ さらに生産管理やメンテナンスに関しても、製品の中に計測するものを入れておけば、ほっておいても24時間データが集積されて分析もできます。
小谷 納品後の情報が入ってきて、プラスαの情報提供ができるというのは、今までなかったことですね。
黒野 逆にクラウドで世界中とつながることで、リスクもあると思います。チャンスを掴むということは、そういうリスクに対する対処もしなければならない。
岡室 今後、個人情報の取り扱いの問題は必ず出てくると思います。それのみでは個人情報ではないものが、データの加工や編集で個人情報になりうる。個人情報とどう切り分けてデータを取るかというのは考えなければならない。さらに分析した情報のセキュリティも重要です。
サファ セキュリティについてはいつも考えています。夜も眠れないくらい(笑)。当社ではサーバーとデータベースのセキュリティは、大手企業に任せています。ただデータの漏洩には外部からのハッキングだけでなく、内部からのアクセスというパターンもある。だから顧客のデータに関しては、社内での取り扱いルールが必要です。
黒野 扱う情報量が爆発的に増え、センシティブな情報も集まるようになると、当然ながらリスクも増大する。今までは漏洩してもローカルで終わっていた情報が、今後は瞬時に世界中に広がるなど危険度は格段に上がっている。
サファ 当社では顧客のデータなど、クラウド上に必要な情報を1~2ヶ月分しか残さないようにしています。リスクの分散ですね。それとクラウド上の情報については、アクセス場所をコントロールできるようにしていて。今もログイン+カードが必要なシステムを制作しています。これだとパスワードが漏れても、カードがないとアクセスできない。ただその場合、セキュリティとユーザビリティのバランスが難しいので、ケースバイケースで対応しています。
黒野 中小の会社での「ものづくりIoT」は社内の情報環境を整備することによって、少ない人手でより効率的ないいものづくりができると思うのですが、そのあたりはどうお考えですか。
岡室 最近、日本酒の生産プロセスをデータ化して、安定した酒づくりを可能にした会社がありましたが、あれは目視してたものをセンサーで置き換えたわけですから、今後ありとあらゆるものが同じ道をたどる可能性はありますよね。ただ、アナログがもたらす「偶発性」みたいな現象が損なわれたり、見逃されるのはおもしろくない。
小谷 データの利用をどう判断するかは、個々に委ねられていますね。人間の感性が大切な部分もありますし。
黒野 そうやって置き換わっていくことを考えると、センシング能力が上がっていくだけでもずいぶん変わりますね。
サファ IoTをフルに自動化すると危険です。IoTは設計したことしか測れない。想定外のことが起こるとダウンしてしまう。だからある程度、人を動かさないとダメ。
黒野 当社では仕事の進捗度を24時間365日、いつでもリアルタイムに見られるサービスを使っているのですが、「いつも見られている気がして落ち着かない」とネガティブな意見もあります(笑)。
サファ 仕事ぶりを計測するよりは、人のサポートになるものがいいと思いますよ。私たちの商品も、現場の問題を解決するものが採用されますね。
黒野 社員数が100人を切ると、ITの専任はいなくなる企業がほとんどです。他の業務と兼任する場合、楽しんでやれる仕組みをつくらないと。

未知の可能性を秘めた市場の開拓に挑む。

黒野 誰でもリーチしやすくなったとはいえ、まったくネタがない状態で新たな取り組みを始めるのは難しい。市場に潜在する多様なニーズを一つひとつ拾い上げて、それに対応するソリューションを迅速に提供しなければなりません。その場合どうやってアイデアを見つければいいのでしょうか?
岡室 「IoTによって、何か旧式のビジネスモデルを破壊できないか」。そんな風に発想を変えると、何をすべきかが見えやすくなる。たとえば出版ビジネス。小説家になりたい人は大勢いても賞を取らないと本は出せなかったけど、出版社を通さない「ネット出版」ならそれが可能です。
黒野 それは面白い考え方ですね。
岡室 以前うちの会社はネットによって打撃を受けたんですよ。それまでは仕入先の情報を顧客に見せないことで、当社にしか相談できないビジネスモデルが成立していた。それがネットで直接探せるようになると、そのモデルは崩壊します。だから最新の動向をきちんと捉えておくということと、それが自分たちのプラスになるか、それとも脅威になるかを見極めることが必要です。
サファ もっとシンプルな方法もあります。手を動かし、頭を柔らかくする。そうすれば、掘り起こすことのできる情報や課題が見えてくる。たとえば初心者向けのマイコンの本を買って読みながら、自分で実験してみる。ものづくり企業の人達はスキルが高いので、自分で一度つくってみること。そこからいろんな課題が見えてくるはず。
小谷 従来の考え方だと決まったことしかできないが、たしかに具体的に手を動かすことで、既成概念を変える多様なパターンが見えてきそうです。
サファ それと自分の事業のコアは何かを考えること。どこまでを自社の既存機能で取り組み、どこからをアウトソーシングや新たな人材の採用で賄うか、そこの見極めが大切です。
岡室 自社の情報、顧客のニーズ、エンドユーザーのニーズをすくい上げて、それをIoTから得られるビッグデータとどう組み合わせられるかを考えること。自分たちが思ってもみなかった動きがつかめると思うんです。それが見つかったら、新しいサービスやモノが生まれる気がします。
小谷 データを集めただけでは何の役にも立たない。内容を理解し、そこに意味や知見を見つけ出す。そのためセンシングがIoTで担う役割は大きい。そこが開発要因となり、一気にブレイクスルーして発展する可能性はあります。
黒野 プラットフォームは世界中で同じでも、アウトプットが変わってくれば面白い。ぼくは仕事で島根によく行くのですが、そこで知り合った猟師の方は山にワナを仕掛けて、獲物がかかったらメールが来る仕組みになっている。ふだんはITとは無縁なおじいさんなのですが(笑)。ものづくりではないけど、これもひとつのIoTですね。
サファ 大学生にやらせてみるのもいいですね。欧米の学生には6ヶ月のインターンシップがある。彼らを採用することで企業も新しいアイデアを得られる。うちではMITから2人インターンを採用して、いくつかシステムをつくってもらった。彼らの発想を生かしながら、新しいニーズを掘り起こせる。それとIoTでは「Multidisciplinary Engineering」=複数業界でのエンジニアリング、つまり連携が大切です。
黒野 ものづくりIoT、といっても流れ的には脈々と続いてきたものづくりの延長線上にあるもの。プラットフォームがワールドワイドになったということで、ソリューションとして付加価値を与えて、世界中に売っていけるチャンスでもある。IoTにはかなり広い領域の技術が関わりますから、そのすべてを1つの企業で網羅することは難しい。それぞれの得意な分野や強みを持った企業が連携して、得意分野を担当して取り組むのが、日本のものづくりの強みを生かしたIoTと言えるかもしれません。大阪にはそういう企業やキーマンが大勢いると思います。